「私は、ぽっくり逝きたい。」その願いと現実
2026-08-15

こんにちは。
THT Harmony代表、シニアケアコンサルタント、
穏やかな暮らしのコンシェルジュのAi🌿です。
THT Harmony代表、シニアケアコンサルタント、
穏やかな暮らしのコンシェルジュのAi🌿です。
高齢者の方とお話ししていると、
「私は、ぽっくり逝きたいの。」
という言葉をよく耳にします。
昨日まで元気に暮らして、
ある日、眠るようにそのまま最期を迎える。
ある日、眠るようにそのまま最期を迎える。
長く寝たきりにならず、
家族にも迷惑をかけず、
できるだけ苦しまずに人生を終えたい。
家族にも迷惑をかけず、
できるだけ苦しまずに人生を終えたい。
そう願うお気持ちは、とてもよく分かります。
できることなら、私もそうありたいと思います。
でも、高齢期の現実は、必ずしもそうなるとは限りません。
例えば、
転倒する。
入院する。
治療を受けて退院する。
でも、入院前より少し足腰が弱くなっている。
しばらく自宅で生活する。
また体調を崩して入院する。
少しずつ食べられなくなったり、一人でできないことが増えてきたりする。
そして、ご本人やご家族が、
「これから、どうやって暮らしていこう。」
と考え始める。
そんなふうに、少しずつ生活が変化していくこともあります。
特に高齢者の場合、病気そのものが治っても、入院中に動く時間が減ることで筋力や体力が落ち、退院した時には以前と同じ生活が難しくなっていることもあります。
「退院できた」ことと、「元の生活に戻れた」ことは、同じではないのです。
だからといって、
「ぽっくり逝けないかもしれないから怖いですよ。」
とお伝えしたいわけではありません。
むしろ反対です。
もし、思い描いていたような最期にならなかったとしても、
入院したらどうするのか。
退院したらどこで暮らすのか。
一人で生活できなくなったら、誰に頼るのか。
そんなことを元気なうちに少し考えておけば、突然生活が変わった時にも選択肢を持つことができます。
「ぽっくり逝きたい。」
そう願っていてもいいのです。
でも、その願いとは別に、
「もし、そうならなかったら?」
ということも、ほんの少し考えておく。
それも、自分らしく暮らし続けるための大切な準備ではないでしょうか。
次回からは、高齢者の入院と退院について、アメリカの医療事情も交えながら、もう少し具体的にお話ししていきたいと思います。
次回は、
「もう少し様子を見よう」が、一番危ないことがあります。
医療費への不安などから受診をためらってしまうことについて、一緒に考えてみたいと思います。
